アムステルフェ−ン市
        (オランダ)

     10月14日(月) 雨

函館市
紋別市
吉田 明彦
松本 正之


◆主要研修課題〜高齢者福祉施策について
1.はじめに

 オランダ(正式にはネ−デルランド王国)は面積41,864km2、人口1,612万人(2002年3月)と国土も小さく(九州の約1.1倍)、人口も少ない国(但し、人口密度は高い)であるが、経済力は強く、世界第6位の輸出国(農産物では第3位)であり国内総生産(GDP)も世界第14位にランクされている。労働人口は男女合わせて680万人で、このうち64%がサ−ビス業に従事し、残りが工業、農業、公務員となっており、失業率は2.8%(2000年)である。
 日本との関係も非常に深く、歴史を紐といて見ると、1600年オランダ船が九州東海岸の臼杵沿岸に漂着したのがきっかけとなって関係が始まった。1609年平戸に貿易拠点の設置を許可され、その後、日本が鎖国制度をとってからも西欧に対する唯一の窓口となった。ほどなく長崎の出島に商館が開設され、それからの200年間オランダは西欧と日本の貿易を一手に担い、これらを通して医学、天文学、物理学、船舶建造、土木工学、化学等広範な知識が日本にもたらされた。これがいわゆる「蘭学」として明治維新に日本の近代化を推進する基礎知識になったのはご案内のとおりであり、歴史的なつながりの深さから、2000年に日蘭交流400周年を記念し、両国において様々なイベントが開催された。
 オランダの国土の約半分は、海抜0m以下にあり(我々が降り立ったスキポ−ル空港は海面下4.5mの所にある。)、殆どが平坦なボルダ−地帯(干拓地)である。このボルダ−は堤防に囲まれ、地下水のレベルが人工的に調節されている。オランダの風車は有名であるが、土地を生み出すための内陸湖の干拓は、16世紀から行われており、最近は、風車ではなく汲み上げポンプが使われているとのことである。(アムステルダム市内で、今は使われていない巨大な風車を見ることができた。)
 また、オランダは花も有名であるが、4月〜5月に咲くチュ−リップ、スイセン、ヒヤシンスが最も美しく、毎年何十万人ものツ−リストの目を楽しませているとのことである。今回の訪問では、季節が違い、残念ながら何百万本も咲き乱れるというその美しい光景を見ることが出来なかったが、チャンスを作って、ぜひ一度見たいと思っている。因みにオランダは世界の生花取引の60%を占めている。
 このほかに、オランダはアムステルダム等歴史的な街並み、世界的に有名な博物館や美術館、独特な運河、荘厳な建物などを数多く有していることから、毎年、外国から1,000万人近いツ−リストが訪れているとのことである。その内の3分の1以上はドイツからで、イギリス、アメリカ、カナダ等からも多く訪れている。近年は日本からのツ−リストも急増しており、現実にあちこちで多くの日本人に出会った。
 オランダ料理はどちらかと言うとシンプルで、じゃがいもと野菜を多く摂っている。チ−ズは世界的にも有名であり、朝食時には色々な種類のチ−ズが出されており、自分はチ−ズが苦手なので口にしなかったが訪問団のメンバ−にも人気を博していた。 また、オランダ人の飲み物と言えば昔からビ−ル(ハイネッケン)とされているが、ワインも増えているとのことである。牛乳も酪農国らしく大人気で、オランダ人の平均身長(男子184p、女子178p)が世界最高である理由もここにあるかも・・・。

2.オランダの自治制度
 オランダの行政は国、州、自治体(日本の市町村にあたる。)の3層に分散され、国(中央政府)は国家行政を、州政府と自治体政府は地方行政を担当している。州政府は12あり環境、土地開発、エネルギ−、社会福祉、スポ−ツ、文化などの政策を担当している。また、自治体は548あり、各自治体政府は市議会、市評議会(市長と評議員からなる。)、市長からなっており、担当する政策は水利と交通、住宅、公共教育、厚生福祉、文化、スポ−ツ等である。
 市長の任期は6年で、州知事の推薦を受け中央政府が任命する。市議会議員は自治体住民の選挙によって4年ごとに選出される。(オランダの選挙権、被選挙権は18歳以上)議員定数は住民数で決定され、また、評議員は市議会によって選出される。
 なお、オランダでも行政の効率化を目指し小規模自治体の合併を推進する計画があるとのこと。
 オランダを象徴する組織として、国、州、自治体と同様の公共機関である治水委員会という組織がある。この委員会はオランダにおける民主主義政治の最も古い形態のひとつで、中には起源が中世にさかのぼる委員会もあるとのことである。国土の半分以上が海面下のオランダにとって治水は最も重要な問題であることを再認識したところである。業務としてはダム、堤防、水門の建設と維持、水位管理と排水・給水管理、水質管理を主に行っている。

3.オランダの高齢者施策
 オランダの福祉は誰もが平等に社会生活に参加できることを原点としている。(特定のグル−プの人々が、社会で隔離されることのないようにするという思想)
 高齢者、障害者、低所得世帯対策等福祉政策は大部分が自治体の管轄で、それぞれ地域の実情に即した取り組みを行っている。目標は全ての住民が参加意識を持てるような、活力ある社会生活を促進し、維持することとしている。
 オランダも日本同様高齢化が急速に進んでいる。65歳以上の人口は、約15%となっており、2,035年には、総人口の25%が65歳以上になると予測されている。
 因みにオランダ人の平均寿命は男性が74.6歳、女性が80.3歳となっている。
 また、現在は55〜65歳の半数近くが就労していないとのことであり、政府としても社会的、経済的な観点からも高齢者の労働市場への参加を奨励している。
 高齢者の年金制度としては一般老齢年金(AOW)制度があり、65歳になった時点で受給権がある。AOWの完全年金額を貰うためには15歳から65歳までの50年間の保険加入期間が必要としている。加入年数が満たない場合、支給額が不足年1年につき2%減額される。また、AOWの受給権を持つ人の80%は任意加入による補充年金を受けている。
 次に、オランダの医療、介護保険制度であるが、代表的な2つの制度について記述する。
 オランダでは介護、医療という分け方よりは、その治療、療養にかかる時間によって分けられている。
 長期の治療、療養に対応する保険制度としては特別医療費保険(AWBZ)がある。この保険は日本の介護保険に近く、年齢、国籍、所得、雇用の関係を問わず、オランダの在住者であれば強制的に加入させられる皆保険となっている。サ−ビス内容はナ−シングホ−ム(詳細は後述)でのケア、在宅サ−ビス、身体障害者・精神薄弱者へのケアなど、長期医療ケア・看護となっている。保険者は地域単独保険者(Regional Single Payer)となっており、国を31の広域地域に分割し、それぞれにひとつずつケアオフィスを置いている。
 保険料は定率保険料と定額保険料を支払うことになっており、定率保険料は課税所得に応じ、また定額保険料はそれぞれの地域の運営主体が決定する。
 短期の治療、ケアの制度としては強制健康保険(ZWF)がある。この保険は日本でいう医療保険で、加入者の年収、職業によって3つの制度が分立している。具体的には、年収が一定のライン未満の被保険者は疾病基金保険、それ以上の被保険者、自営業者は民間の保険会社、公務員は公務員保険に加入することになる。
 サ−ビス内容は入院、医療措置、歯科治療の一部、医薬品・手当用品等となっており、病院における最初の1年未満の医療サ−ビス・看護を担っている。なお、民間保険であっても政府がサ−ビス内容と保険料の上限を定めている。従って、保険者は疾病基金保険と民間保険会社となっている。
 *ナ−シングホ−ム(Verpleeghuis)
 ナ−シングホ−ムは高齢者、身体障害者、精神薄弱者のための施設で、基本的には診断や治療を目的としないが、医療者介護者が障害・疾患を有するものに24時間のケアを提供する。しかし、入所者の高齢化が進み、ほとんど65歳以上となっているため高齢者施設としての色合いが強い。
 運営母体は財団など民間団体などによるものが多く、施設は身体に障害のあるもの用、痴呆など精神に障害のあるもの用、あるいは、両者混合型のものがある。近年、デイケア・システムや短期・週末入所などを取り入れている施設が増えているが、施設スタッフの人手不足が課題となっている。

4.アムステルフェ−ン市の概要
 アムステルフェ−ン市はオランダのビジネスの中心都市であるアムステルダム市、また、ヨ−ロッパの玄関口でKLMオランダ航空のホ−ムベ−スでもあるスキポ−ル空港に隣接しており、地理的条件に優れた人口約80,000人の都市で、オランダでは中規模の都市に分類されており、人口も増加傾向にある。
 この町の歴史は古く13世紀に遡るという。
また、町の名前も昔はニュ−アムステルと呼ばれており,1964年に現在の名前になったとのことである。
 2,000年現在、外国人住民は5,820人で、日本人が最も多く1,740名となっている。
 就労人口は他の地域に住んでいる人も含め、約33,900人で、雇用先はオ−トメ−ション企業、会計事務所、広告会社など質の高いビジネスに集中しており、失業者も非常に少ないとのことである。また、外資系企業も多く、その大部分はアメリカ企業や日本企業である。(キャノン欧州本社もここにある。)
 住民の平均可処分所得、さらに1家族当たりの平均所得は全国平均を遙かに上回っている豊かな町である。
 アムステルフェ−ン市が発展した大きな要素は、スキポ−ル空港の拡張により空港で働く人の住宅地として指定されたことによる。しかし、1970年代に入り人口増から住宅地が足りなくなってきた。そこで市は住宅建設を認めるのをアムステルフェ−ン市に居住している人に限ることとしたが,そのことにより高齢者が多くなる現象が生じ、各地域に高齢者施設を建設したとのことである。
 こうした政策を継続すると高齢者だけの町になってしまうと言うことから、1,975年から新市街地の建設に着手するとともに、「ゼロ」という政策をとった。この「ゼロ」という政策は高齢者が死亡または転出した数だけ他の地域から受け入れるというものであり、いわゆるプラスマイナス0ということである。なお、この転出、転入の動きは人口の7%程度となっている。
(2001年現在、65歳以上人口は18,2%)
 現在は交通アクセス等優れた立地条件を生かし、企業進出など経済発展を図るための施策の充実に努めている。
 アムステルフェ−ン市の議場を見学させていただいたが、市の政策の最高決定機関である市議会の議員定数は35名である。行政は前述したように中央政府から任命された市長(従って議会では市長を罷免することは出来ない。)と議会から選出された5名の助役(評議員)により行われている。(助役は議会の各政党からそれぞれ推薦され決定しており、おのずと勢力の強い政党が有利となるようである。)
 なお、法律の改正により助役を外部から招くことが可能となったとのことであるが、アムステルフェ−ン市では実施していない。
 市の政策は助役を中心に色々議論し、議会へ提案する内容を決定する。
 市議会は月1回開催(委員会は随時開催)されており、市民にその審議内容が分かるようラジオ放送している。
 予算の執行権は市長、助役双方持っており、アムステルフェ−ン市長は警察と消防の執行権を持っているとのことであった。
 意外だったのはアムステルフェ−ン市では、2000年に日本との交流400周年を記念し、同市に赴任した日本人に早く生活に馴染んでもらうため、日本語の「生活ガイドブック」と文化施設を紹介した「パンフレット」を作成しており、日本との繋がりが深いとの印象を受けるとともに、日本企業の進出を期待していることが窺われた。また、真実の程は定かでないがゴルフ場を造る計画を考えているとの話があった。
 なお、アムステルフェ−ン市の具体的な高齢者対策については、市側の時間的な都合によりヒアリングすることが出来なかったことは誠に残念であった。

5.ベ−ンハッカ−社訪問
 ベ−ンハッカ−社は障害者や高齢者の介護用具やリハビリ器具の販売会社である。この会社は約50年の歴史があり、本社はロッテルダムにあり国内に8つの支店がある。
 この会社は製作は行わず、外国(イギリス、アメリカ、韓国等)からの輸入品と国内の製造会社から製品を購入し、障害者等が出来る限り自力で生活ができるよう、個々のニ−ズに合わせ改造し、販売するほか、修理も行っている。車椅子だけでも100種類以上あり、サイズも色々取り揃えており障害者等の使い勝手が良いよう可能な限り配慮しているとのことであった。
 販売先はアムステルフェ−ン市、保険会社、ケアハウス、個人となっているが、個人への販売は少ないようである。
 オランダには障害者福祉法(WVG)という法律があり、障害者と高齢者の生活環境における住宅設備、車椅子等の介護用具、交通手段など、福祉に関して自治体のやるべき義務が定められている。これらの設備によって高齢者と障害者が自立した生活をできる限り維持できるようにするということがこの法律の原点となっている。こうしたことから、この会社もアムステルフェ−ン市のために多様な業務を行っている。
 具体的な手続き方法は、車椅子などを必要とする人が市に相談や申し込みを行い、それを受けた市職員とこの会社のアドバイザ−が自宅や病院、施設に出向き色々な相談に応じている。なお、購入する場合は医療的な審査が必要となる。
 この会社の販売状況は、オランダも高齢化が進み足の不自由な人が多くなっていることから、軽装備の車椅子やスク−タ−が最も多く75%を占めており、残り25%は事故等で障害を持っている人のための重装備の車椅子や特別な措置を必要とする器具(特殊ベッド等)となっている。
 購入代金の支払であるが、オランダには公的補助制度が2種類あり、前述したようにひとつは特別医療費保険(AWBZ)で措置され、もうひとつは法律(WVG)に基づき市が負担しており、また、市の貸付制度もある。
 なお、アムステルフェ−ン市はこの会社のみと契約(数年契約)しており、会社としても責任を持って質のよいサ−ビスに努めているとのことであり、良好とは云えない国の経済状況のなかで好調な業績を上げている。

6.高齢者ホ−ム「ディグナホフ」訪問
 オランダの高齢者ホ−ム(Verzorgingstehuis)は緊急通報システムが設置された集合住宅ともいうべき施設で、日本的老人ホ−ムのイメ−ジとは少々異なる。入居出来るのは65歳以上の人であるが、55歳以上で障害者等特別な事情がある人は入居が可能となっている。
 ホ−ムでは自立できる比較的元気な高齢者あるいは介護を必要とする高齢者が個人のプライバシ−を尊重しながら生活している。
 入居者にはキッチン、トイレ、シャワ−ル−ム付の個室が与えられており、給食サ−ビスが必要な入居者以外は、自立生活維持につながるとして自炊が奨励されている。
 施設によっては施設に移ったという生活の断絶感や今まで住んでいた環境と変わることのないように、自宅で使っていた家具類をそのまま持ち込むことが許可されているところもある。
 入居者は施設内のコミュニケ−ション・ル−ムなどで文化活動等をしながら生活している。高齢者ホ−ム内には医師もいないし医療施設もなく、入居者が契約している医療機関が定期的に回診にくるシステムになっている。
 施設は20〜30人のスタッフおよびボランティア団体などにより運営されているケ−スが多い。ホ−ム建設にあたっては高齢者住宅公団と地方自治体が出資し、入居者は老齢年金で家賃を払っている。
 我々が訪れた「ディグナホフ」はアムステルフェ−ン市の住宅地にあり、1996年に建設され95人の人が住んでおり、個人とグル−プホ−ム双方で暮らしている。また、比較的若い軽い障害を持っている人も6人居住していた。入居者はアムステルフェ−ン市民と周辺地域の住民である。
 家賃は日本円で月6〜7万円、年金から支払っている。光熱水費も当然個人負担である。施設の周辺にはス−パ−、薬局、ホ−ム・ドクタ−等が居住し、また、施設内に理容、美容室も設置されており、ペットを飼うことも許されている。このように生活する上で必要なものが全て整っており、快適な生活を過ごしている。
 スタッフは管理を行っている福祉高齢者財団から2人派遣されており、1人はフル勤務、もう1人はパ−トである。また、管理人も1人いる。あとは40人のボランティアの協力で運営しているとのことである。我々に親切に説明してくれたメイウ女史もボランティアのひとりであった。
 施設の中央に緑豊かな大きな庭があり、それを取り囲むように部屋や廊下がある。コミュニケ−ション・ル−ムでは週2回食事を提供しており(自炊が原則)、また、毎朝10時のコ−ヒ−ブレイクは大変人気があるとのことである。(因みにコ−ヒ−代は有料とのこと)さらに、生活をエンジョイするため手芸、ヨガ、麻雀、ビリヤ−ド等各種のコ−スが設けられているほかインタ−ネットカフェもあり、お孫さん等との交信を楽しんでいる。(施設入居者以外の人も利用できる。)
 実際に住んでいる女性の方の部屋を訪問することが出来た。この方は施設内でただ1人、犬を飼っている人で我々を満面の笑みで快く大歓迎で迎えてくれた。ちょうどお子様らしい人が訪れていた。
 面積は約70uあり、スタンダ−ドな間取りで夫婦2人でもじゅうぶん暮らせることができ、ゲストル−ムもあった。(テレビはソニ−製であった。)我々の「住み心地はどうですか?」との質問に「全然問題はない、非常に満足している。時々子供たちも訪問してくれるし最高に幸せである。」と大きなジェスチャ−を交えて答えてくれたのがとても印象的であった。

7.おわりに
 我が国は世界的にも例をみない急速な高齢化が進んでおり、また、国民の大半が老後に不安を持っている。こうした中で、国においては年金、医療、介護、福祉等社会保障制度全体の抜本的な改革に取り組んでいるが、日本より先に高齢者問題に取り組んだヨ−ロッパに学ぶことが多いと思われる。今回訪問したオランダは、1968年に介護保険制度を導入するなど質の高い高齢者福祉と効率的な運営に取り組んでおり学ぶべき点が多かった。
高齢者ホ−ム「ディグナホフ」で幸せに満ちた生活をおくられている女性の笑顔が忘れられない。
 オランダが取り組んでいる高齢者施策「自立」と「共生」について自分なりに改めて深く考え、今後の行政執行に生かして参りたい。



前のページへ戻る 次のページへ進む
トップページへ戻る