第3分科会 「持続可能な環境文化都市」

 ☆パネリスト

札幌学院大学地域社会マネジメント研究科教授  太 田 清 澄

北星学園大学社会福祉学部教授  杉 岡 直 人

札幌市立高等専門学校インダストリアル・デザイン学科教授  國 松 明日香

札幌市市民まちづくり局理事  池 田 捨 成

 ☆コーディネーター

北海道大学大学院工学研究科教授  小 林 英 嗣

コーディネーター



北海道大学大学院工学研究科教授  小 林 英 嗣



 先ほど、小林先生の基調講演を聞かれ、会場の皆さん、パネリストの方もいろいろ考えを展開されたのではないかと思います。この分科会で議論したいことは、テーマにある持続可能な環境文化都市をめぐり、まず第一に「持続可能な」というのはどういうことか。持続可能な都市づくりや地域づくりを、いろいろな人が具体的な論を進め、世界中の国や都市が動き出していますが、パネリストの方々のお話を聞き、北海道独自の持続可能性を発見していきたいと思います。
 もう一つが「環境文化都市」です。環境と文化は、道都・札幌の目標・キーワードだと以前から言われていますが、環境都市でもなく、文化都市でもない。環境・文化都市、文化環境都市でもなく、環境文化都市です。環境文化都市とは何か?パネリストのお話からキーワードをつむぎながら、議論したいと思います。そして、フロアからも具体的な事例等をご発言願いたいと思います。「持続可能な環境文化都市」が、北の北海道で議論され、北海道が世界の中で脚光を浴びるような情報を発信し、皆さんの自治体が着実に展開していくことにつながればと思っております。
 まず、パネリストの方に基本的なお話をして頂き、大事なキーワードが提出されると思いますので、それを整理しながら計3ラウンドまで進めたいと思います。それから疑問やご意見を募りたいと思いますので、ご協力をお願いします。
 まず、まちづくり都市計画に関して日頃ご発言されている太田先生、人間の行動社会をどのように着実につくっていくか、特に福祉の面からご指導されている杉岡先生、我々の目に見える具体的な環境を意識しながら、アートという側面、作家という立場で全世界をご覧になっている國松先生にお話し頂きます。最後に池田さんに、札幌市の人材育成についてこれからの思いやシナリオなどをご紹介頂きます。では太田先生、1番バッターは必ずヒットを要求されますので、よろしくお願いいたします。


パネリスト



札幌学院大学地域社会マネジメント研究科教授  太 田 清 澄



 私見に近い、もしくは飛躍しすぎと評されるかもしれない理論を含めて、都市サイド、都市計画分野の立場から話をさせて頂きたいと思います。私はこの数年の間、地域・都市の再生について一つのテーマをずっと追い求めていますので、今回もこのテーマを議論の軸に設定して幾つかの話題提供をしていきたいと思います。私が希求している一つのテーマとはサスティナブル・デベロップメントです。地域・都市の再生、何れのケースにおいてもそれを具体化するには、そこに明確な戦略が必要だと思っています。テーマと戦略、それを一体化させている事例を、ここで皆さんに投げかけることにより、テーマと戦略の在り方を皆さん流に解釈して頂き、それぞれの地域・都市や組織における今後の理論の展開や具体策づくりに役立てて頂ければ幸いと思っております。
 先ほども小林先生が基調講演の中でも話されたように、アメリカのグローバリズムか、ヨーロッパのサスティナビリティかということが、常に話題となります。私はここ数年間、「北海道の地域・都市再生はヨーロッパのサスティナビリティに基軸を置くサスティナブル・デベロップメントの考え方が必要ではないか」ということをいろいろな機会で発言してきました。機会があれば是非お読み頂きたいのですが、1996年のEUレポートは画期的なものとして評価されています。これまでの「アジェンダ21」の中で謳われていた、環境を重視した地域・都市再生の考え方が大きくシフトしています。つまり環境だけではなく、経済や社会文化・歴史という三つの要因をうまく組み合わさないと、持続可能な都市を成立さとていくことが出来ない。これまでの環境一辺倒だけではない、経済と環境と歴史・文化の三つが複合して、その地域・都市の個性をつくっていくことが、持続可能な地域・都市づくりであるという考え方が、この「1996・EUレポート」において、明解に打ち出されました。現在も恐らく、ヨーロッパ各国の地域・都市再生は、「1996・EUレポート」のこの構造に軸をおいて、幾つかの地域・都市政策に関わるプロジェクトを展開していると思います。

「自立・持続的地域展開(サスティナブル・ディベロプメント)」の構造)


 次に戦略についての考察です。ヨーロッパにおける事例において、その戦略の一つとして間違いなく見えてくるのが、官サイド即ち地方政府が明解な都市政策を打ち出していることです。この関連する事例としてフランスのストラスブール、スペインのバルセロナ、オランダにおける公共政策、そしてドイツのルール地方のIBAエムシャーパーク・プロジェクト、今日はこの4つの話をしたいと思います。その中で私なりにも、間違いなく明確に見えてきていることは、小林先生の基調講演にもあったように、行政かもしくは指導者(リーダー)が、先ず明解な都市政策を出している点です。その上で、市民が協働できる場所、関わりやすい場所を示していること、あるいは創り出していることです。例えば、「公共空間の再生」を都市政策の明解な柱にしている事例があります。
 これまでほとんど都市政策・都市運営に関心すら持たなかった多くの市民が、個々に指定された具体的な公共空間において、そこに何らかの利害や関わりを持つ特定な市民がいろいろな活動をすることにより、あらためて都市と自分や自分の住む地区との関わりや、都市と自分たちの協働のあり方がどうあるべきかを見出していきます。
 身近な要素を素材かつ媒体にして市民を巻き込み、都市再生を図っていくというしたたかな戦略であると思います。
 典型的な事例がバルセロナです。「バルセロナモデル」として注目されている事例です。ご存知のように、バルセロナは反フランコの市民軍の拠点であったが故に、フランコが政権を握ると、バルセロナに対する全ての補助金や助成金がカットされました。その結果バルセロナの街は荒廃しきって、広場という広場も、尾篭な話ですが、立小便の場所、麻薬取り引きの場、住民のごみ捨場以外のなにものでもない状況になっていました。要するに、地区全体が外部の人たちは怖くて入れない危険で汚い場所になってしまっていた訳です。全く予算の無いバルセロナの地方政府が、そこを何とか再生するために考えたことは、「公共がごみだけは徹底的に広場から撤去します。あとは民の仕事として、ただそれだけでいいから、この広場の一角にオープンカフェをひとつ開いてほしい。」ということでした。 また、ある広場は、「ごみを全て片付けるから、広場を囲む建物だけはあなた達の手できれいにしてくれ。」というものでした。これに応えた市民は自分らにはペンキを買う金しかないので、専門の職人に頼むのはやめて市民が自らの手でまち建物の壁を、昔のように白く塗り替えた。これが後に「バルセロナモデル」と言われる仕掛けのスタートとなったのです。「バルセロナモデル」のポイントは2つあります。1つ目は「個から全体」という考え方です。つまり先ず出来る小さな運動・実践を積み重ね、これを繰り返すことにより都市全体へ波及させていく手法を採ったことであり、2つ目は「官と民が役割をはっきり分担する意識」の刷り込みを徹底したことです。現在、文字通り世界の観光都市として、国内外から多くの人が集まる都市となっています。
 繰り返しますと、ヨーロッパの成功事例の多くは「1996・EUレポート」の骨格でもあるサスティナブル・デベロップメントの考え方を基本軸に置き、これに立脚したしたたかな戦略を実践している点にあるのではないかということを強調したい。  戦略の一つのキーワードになるかもしれませんが、先ずは「公共空間の再生・デザインの附帯」ということを戦略のテーマにして、都市を蘇らせた事例を紹介させてもらいました。
 今日は、この様な枠組みを時間の限りご紹介し、各地域・都市の地域・都市再生の参考にして頂ければと思います。
 第一バッターでヒットになったか敬遠されたか分かりませんが、今日のテーマに対する皮切りの議論として、先ずは地域・都市政策の潮流を切り口に、少しお話をさせてもらいました。

小林(コーディネータ−)
 冒頭申し上げた、持続可能な環境文化都市の、持続可能という部分で、新しいヨーロッパ独自の理念の展開の一つをご紹介して頂き、具体的にどんなところで、どんな方法で展開しているのかという点で、公共空間というキーワードとバルセロナのお話をして頂きました。2回目で、その他のお話を伺えるかと思います。


パネリスト



北星学園大学社会福祉学部教授  杉 岡 直 人



 私からは、「文化運動としての参加、協働社会の創造」ということで話題提供させて頂きます。非常に大きなテーマで、雲を掴むようなところもあります。札幌市のホームページでご覧になった方はご存知だと思いますが、環境文化都市の実現に関して、循環型都市の実現としての自然環境、地球温暖化に関わる問題の解決、また、共生型都市の実現として、良好な水環境の保全する都市の推進その他、自然環境の豊かさを実現するような、自然と人間社会の融合・共生を目指しています。福祉分野の共生はもう少し違う意味で使っていますが、自然との共生という意味での「共生型都市」です。三つ目に、「参加協働型都市」の実現として、環境教育や市民企業団体などの環境保全活動、地球環境保全に向けた国際的連携など、非常に環境を重視した仕組みを提案しています。文化については、あまり明確な整理はなされていません。
 実は、「都市の文化」というのは、様々なインフラの整備が取り組まれ、社会的問題の解決が進んできたあとに登場することになるわけです。最後の段階に、都市の政策・目標が、文化の形成にウエイトがかかってくると言われています。つまり、文化度の高さが、都市の成長の大きなゴールになっているとわけです。それは、いわゆる文化の中に、様々な制度や伝統、景観も形成されてきています。景観を守ることも、長い伝統の蓄積が、それを可能にしてきていると言われるわけです。こうした制度や景観は、伝統として形成されるわけですが、伝統というものは、自然に守ったり、黙って生活に取り入れているかといえば、そうでもない。いつも新しい問題に関わって、様々な提案が行われ、伝統もまた見直されます。
 しかし、伝統は、基本的に守ろうとする意識がなければ、非常に脆くも崩れていく側面があり、良いものをどう守っていくかという主体的取り組みを、各都市の中で展開しなければならないと思います。それだけ継続的な学習、参加が求められているという意味で、私は文化運動として、参加協働社会を考えなければならないと思います。
 どんな「参加協働社会」を目指そうとしてきているのか。これを札幌市に引き付け、少しステージを整理してみたいと思います。市民参加の歴史的変化ですが、最初は行政に要望を述べる、いわゆる団体の要望として意見の反映を図り、利害の実現を図るという段階があると思います。第二段階としては、行政の計画に意見を述べることで、関係される方々も多いと思いますが、委員会や市議会、○○会議、公聴会、あるいはパブリックコメントの中で、行政の計画に意見を述べる機会は様々に用意されています。第三段階は行政の事業の評価で、どんな事業が市民のため、あるいは札幌市の発展のために効果的なのか。または無駄な事業はないのかなどと、事業の評価に関わる活動があります。それは見直しや評価委員会として、専門家によって行われる評価もあるし、一般市民も参加して評価を議論する機会も用意されるようになりました。
 しかし、これは、様々な行政計画に関する一つの重要な関わりですが、最近になって、市民がより具体的な活動に参加する兆しも出てきています。まちづくりの事業を提案する活動、例えば公園を作ったり、地域に必要なサービスを自分たちが考えようと自主的に取り組み、活動している方々も増えています。事業に参加する中で、実は環境問題や地域の景観、あるいは安全、安心をつくりだす活動が生み出されてきていると思います。そういうものは、非常に労力も必要で、誰かが強制的にリーダーシップをとってさせるというのではなく、住民自身が自主的に関われる枠組みなり、参加の機会がスムーズに動くような仕掛けが必要になってくると思います。
 札幌市でこうした活動がどのように動いてきたか見てみると、最近はまちづくりセンターが話題になってきていますが、従来は社会福祉協議会と連合町内会で様々に活動してきたものもあるわけです。それがここ数年前から、福祉のまち推進センターが形成され、一般の地域住民が連合町内会単位で、いろいろな活動に取り組むようになり、具体的なサービスの提供も始まります。それが連絡所で、行政機関も福祉のまち推進センターのサポートを行うように変わってきています。2004年から、まちづくりセンターという名称が使われるようになり、市民活動の拠点となることが期待されるようになりました。さらにコミュニティネットワークを含め、地域の活動の推進を図ることになりました。
 これから本格化するまちづくりの活動の中に、どういう運動を考えていくのかということで、3点ほどまとめさせて頂きます。まず1点は、大きく言えば市民事業という名のもとの、市民の自主的な活動に合う様々な活動が始まるわけですが、これに加えて、コミュニティビジネスや、福祉NPOのような事業に取り組む活動が進んできています。一方で、自治の問題に関して、行政の政策についてチェック機能をどのように組み立てていくのか。様々な自主的な市民活動の展開と、追跡が議論されるようになると思います。
 2点目は、第三の分権化といわれている議論にもありますが、まちづくりセンターそのものは、人口2万人近い規模で組織されていきますが、市民参加型の事業を地域社会に組み込んでいくことを考えると、市町村合併における地域自治組織という言われ方もしますが、自治組織の活動に合わせて推進できる体制をつくるのか。つまり、より包括的なまちづくりの活動の受け皿として、どういう体制が考えられていくのかがポイントになると思います。
 3点目は、町内会というものが、伝統的に住民の様々な問題解決に取り組んできています。情報伝達や相互協力の活動など、近隣の生活の改善という意味では、重要な活動をしていますが、これに加えて、機能集団としてのNPO、つまり町内会も目的を持った活動をずいぶん始めていますが、これからの介護保険の制度改革に伴い、地域に根ざした様々な住民活動を進める状況になってきています。これに関わる小規模・多機能型の市民参加活動の枠組みが問われてくると思われます。そういう意味で、文化運動としての活動が、大きく市民参加という枠組みの中で、議論される時代を迎えていると思っております。

小林(コーディネータ−)
 先ほど太田さんがEUレポートの話題を出されました。それが96年ですが、その前に92年のリオサミットにおける宣言・アジェンダ21があり、日本はこれに基づいて、環境をベースにした国や自治体の環境都市政策が展開しています。札幌も、環境をベースに政策が展開されています。文化という言葉を意識しながら、文化運動というお話が出されました。住民の各地域での生活、これからの生活の質をベースにしながら、参加という理念のもとで、まちづくりセンターもその一つの重要なポジションを担い、文化運動として環境文化へ膨らんでいくのではないかという方向性と、現在の仕組みについてお話し頂けたと思います。


パネリスト



札幌市立高等専門学校
インダストリアル・デザイン学科教授  國 松 明日香



 お二方と少し分野が違って、当初このお話を頂いたときも、荷が重いと思いながら出席しております。と申しますのも、何となく普段自分が考えていることと、世の中の動きが反対方向を向いているような印象を持っておりました。そこで本日、小林先生の基調講演をお聞きし、自分の考え方も大丈夫だと思えた気がします。また、皆さんの前にクラーク博士の像が描かれた水がありますが、私共の学校で今、清家 清展を開催していまして、以前に本校で授業をして頂いた、清家先生の親友でもありますフィリップ・シールという建築家・ワシントン大学名誉教授が、この機会に来校されました。学生に講義をしていただいたのですが、その中で先生が、クラーク像と先生が写っている写真を学生に見せました。シール先生が、このクラークが指している右と逆、左を指している写真です。「反対のことを考えることはとても大事だ」という話をするきっかけに、この像を使っていました。クラーク像を見てふとこの話を思い出し、また小林先生の基調講演と関係なくもないと考えていました。また、私が、彫刻にするための模型を学校でつくり、廊下に置いて眺めていると、シール先生がそれをひっくり返し、「この方がいいよ」と、これも反対のことをおっしゃる。それらのことを受けながら、現在の問題点をお話したいと思います。
 私自身も、パブリック・アートということに関わりながらきました。ここ数年、ある公共建築物を建てたときに、アートを導入するという風潮がぱたっと影を潜めてきました。一つには、彫刻家自身が、例えば佐藤忠良先生などは、まちに彫刻が溢れて「彫刻公害だ」と言われたことに、少なからず影響を受けた可能性はあるかと思います。私自身も彫刻が世の中で何の役に立つのかというような思いを持ちながら、彫刻をつくっていました。彫刻はデザインと違って、専ら自分のことばかり考えながらつくる仕事ですから、人に役立つことがあり得るのかと思っていました。この写真(写真A)は20年ほど前、アメリカに行った時のアレキサンダー・カルダーの彫刻です。ボナベンチャーという、ロサンゼルスのダウンタウンにあるホテルのすぐ近くに、多分政府の公共的な建物だと思いますが、その前庭に「フラミンゴ」というタイトルで、朱色に塗られたカルダーの巨大な彫刻が置かれています。

写真A 写真B
写真A 写真B

 普通であれば、この大きさですから非常に圧迫感があってもおかしくない彫刻ですが、私がこの前に立ったときには非常に爽やかで、まろやかな空間に変質させている印象を抱きました。多分、向こうに見える直線的で非常に無機質な建物に対して、このカルダーの彫刻は対照的にまろやかな形態をしていて、それ故、とても爽やかな空間を作り出しているのだと思います。このカルダーの彫刻に出会ったときに、やはり世の中にはこういう仕事が必要であると実感し、自分がしている仕事に対していくらか心強く感じました。その他にも絵画ですけれども、ボッティチェルリの絵を眺めて、それまで何となく憂鬱だった気分が、一瞬にして心地良くなるという経験もしています。芸術が人間社会に欠かすことの出来ない分野のひとつであるということだと思います。
 これも同じカルダー(写真B)の、少し違う形をしたフラミンゴで、シカゴにある彫刻です。背景の建築は多分、ミース・ファン・デル・ローエの設計した建築だと思いますが、真っ黒いカーテンウォールの建物の前に、やはり色鮮やかな朱色の彫刻があり、この辺を往来する人たちにも非常に優しい空間を提供していると思います。

写真C 写真D
写真C 写真D

 これは私の彫刻ですが、新千歳空港にある「北の翼」という作品(写真C)です。数年前、私は全然気づかなかったのですが、全く連絡もなく、手前にピロティができ、飛行場から外に出ずに駐車場へ渡る廊下を、私の彫刻の真ん前に取りつけました(写真D)。以前、JR新千歳空港駅地下の空気を逃がす噴き出し口を、彫刻の近くに作りたいと相談を受け、その時はうまく植栽でカバーするようアドバイスした経緯はありますが、このときは全く相談されませんでした。
 同じ新千歳空港の中央ロビーの中に、朱色の彫刻(写真E)があります。当初はあんな風に白樺のような擬木やパイプ類もなかったのですが、清水九兵衛という作家の作品です。今や彫刻は全く無視されています。次に佐藤忠良の彫刻(写真F)ですが、周りをいろいろな展示物等に囲まれています。

写真E 写真F
写真E 写真F

 これは駅前にある私の作品(写真G)ですが、自転車置場になってしまっています。これはついこの間、どうなっているかと思い見に行ったときの写真(写真H)で、植栽ができるようにして頂き、自転車を置けなくする工夫もあって、少し改良されていました。

写真G 写真H
写真G 写真H

 それからメンテナンスのことですが、石と石を張り合わせた目地は、だんだん劣化してきますが、早めに補修しないといずれそこから水が入り、凍って剥がれるなどします。設置時は非常に意気込んで作ってくれますが、その後をどう管理してくれるかが、どうもうまくいっていない。

写真I 写真J
写真I 写真J

 次の写真(写真I)ですが、これはJR札幌駅の中にあるデンマークの人魚姫を少し小さくしたものです。喫煙者のためのスペースの中に入れられ、煙がもうもうとした中に人魚姫がいます。これも最初はそんな構想ではなく、待ち合い場所のシンボルになるよう置かれていたはずです。次の写真(写真J)は安田侃の大理石の彫刻が置かれているすぐ側で、一時的なイベントかもしれませんが、こういうものがどんどん押し寄せている。駅舎に対する日本人の感性の一面を示しているように思います。  これは私の父、國松登の原画による同じく札幌駅西コンコースにあるステンドグラス(写真K)ですが、今は左に折れ曲がっています。最初は真っ直ぐな壁面の作品でした。それがどうしても事務室を左手に伸ばさねばならないということで、壁面の面積が狭くなる。  それで仕方がなく、ステンドグラスの方を曲げてしまいました。持続可能ということからすると、今まで建てることには一生懸命であっても、その後どのように守っていくかが大事であるということをご提案させて頂きます。

写真K
写真K

小林(コーディネータ−)
 太田さんが公共空間についてお話になりました。國松先生は、アート、彫刻と照らし合わせお話をされました。彫刻を都市内のパブリック・アートとしてつくる。しかし作品(子供)をつくるのは一生懸命だが、その後の子育てをしていない、という具体的なお話をして頂きました。子育てがうまくいかないと、家庭も社会も崩壊するので、きちんと維持・管理して育てなければならない。それが、持続可能の一番のベースになるのではないかというお話を頂きました。


パネリスト



札幌市市民まちづくり局理事  池 田 捨 成



 私は今、来年4月開学予定の、札幌市立大学の準備を統轄しております。この大学の特徴を最初に二つほど簡単に申し上げますと、一つ目は、デザインと看護、非常に異質な学部二つだけからなる、極めてコンパクトな大学という点です。一つの学部が1学年80名、大学院が積み重なっても700〜800名くらいの非常に小ぶりな大学です。二つ目の特徴は、地域貢献を基本理念としている点であります。これは、運営面において札幌市が助成し、税金を投入する大学であることからも当然といえます。市長も、具体的に市のまちづくりに貢献できるような大学を望んでおり、私共もこの点を重く受け止めております。
 この大学をつくるに当たり、いろいろな議論がありました。未だに反対意見も多くあります。例えば、この財政難のときに何十億円もかかる大学をつくるのか、という意見もありますし、少子化の流れの中で、民業圧迫になるのではないか、私立も多数あり国公立もある中で、なぜ市立の大学をつくらねばならないのかという批判もあります。しかし、私は関係者なので言うわけではないですが、社会の変化の節目の時期に、意義のある大学をつくれると確信しております。その背景について何点か述べたいと思います。
 まず、社会変化の面で、三つほど挙げたいと思います。第一に、知恵で地域をつくっていく時代であり、地域の知恵が今まで以上に重要になるという時代になっています。これは、地方自治や地方分権の中でいろいろ議論されていますから、詳細は申し上げませんが、様々な面で市民の知恵が求められています。皆様方は、まちづくりの中で、どんなときに知恵が出るでしょうか。人によっては、仕事中より飲んでいるときの方が出るという人もいますし、私などは飲んでいるときもそうですが、その場合でも職員同士よりは、自分とは違う分野の人たちと話しているときに、アイディアやヒントを非常にたくさん頂きます。 少しおこがましいですが、学問領域で言えば、学際分野の学問も一つの流行りですが、しょせん近接している学問分野、インターディシプリナリーといった感じです。そうではなく、相互に異なった学問領域、いわゆるトランスディシプリナリーといった領域の学問が、新しいものを生み出してくれると思います。この看護とデザインという一見、かけ離れている領域が融合することで、今までになかった新しい知恵が出てくるのではないかと思います。そのように、様々な異なる分野の交流を通して地域で知恵を出さなければならない時代に置かれているというのが1点です。
 それと関係して第二に、産業のパラダイムの変化を挙げたいと思います。工業化社会から次の社会、ポスト工業化と言ったり、脱工業化、情報化社会、第三の波など種々の言い方はありますが、その変化が確実に起こっております。その変化の内容を簡単に言えば、今までは資本や労働力、輸送コストなどに力点が置かれてきた。地域レベルの産業政策も、大企業誘致が中心でした。しかし、これからは、人の知恵や人材に着目するような産業構成になってくる。皆さんはいろいろな都市からお集まりですが、確かに今までは、産業あっての都市のような部分があり、産業の衰退が都市の衰退に確実につながっていたのは明確な事実です。しかし、私は、これからもそうだとは思っておりません。
 今までは産業あっての都市、文化はどちらかといえば副次的な見方があったと思います。しかし、これからは、極端な言い方をすれば、どういう文化を持っているかで、どういう産業が育つか。文化から産業を見るような時代になってくるのではないかと思っています。そのときに大切なのは、今までの資本や労働力以外の要素を組み合わせる力があるか。いろいろな価値を掘り起こして再構築できるかであります。先ほど太田先生は、環境だけでなく、経済、歴史、文化の連動の中で、持続可能な都市がつくられると言われましたが、その価値を組み合わせる力の一つは、デザインであると思います。デザインには、違う要素を組み合わせて、新たなパワー、価値を生み出す力があるのではないか。その意味で、デザイン学科を有するこの大学への期待があると思います。
 第三に、産業という視点ではなく、市民レベルの消費行動という視点からかみた場合、象徴的言い方をすれば、「物持ちから時持ち」の時代を迎えたといえます。これはどのようなことかというと、今までは物を持っている人が羨ましがられていましたが、これからはどんな豊かな時間帯を持てるかが非常に重要になってくるのではないかということです。それを支えるのが、健康というキーワードです。皆さんも、「ピンピンコロリ」という言葉を聞いたことがあるかもしれません。これは要するに健康でずっと生きて、そして亡くなるということで、生まれて歳を取り病気になって死ぬことは、人間の宿命でありますが、その理想的な生き方の一つのキーワードであるわけです。こういったものと文化環境都市とは、密接に関わりがあると思います。
 そこで以上三つ、知恵の時代、産業のパラダイムの変化、物質的な豊かさから精神的な豊かさへ、という要素の中で、札幌市立大学が目指す人材像は、これからのまちづくりのコンセプトとシンクロナイズすることが必要です。ところで、札幌市が目指すまちづくりの大きな目標の一つは、安心で安全な都市であります。本日提供しているペットボトルの水は、水道水です。これを売るというのは図々しいようですが、安心のシンボルとして私もいろいろなところでPRしています。そして、健康も安心安全の大きなファクターであります。例えば、健康で介護に頼らない寿命bP都市を目指したい。もう一つの大きなまちづくりの目標は、創造都市であります。これは、いろいろな知恵を組み合わせながら、新しい知恵をつくっていく。そうしてスパイラル的に発展していくというイメージの都市を指しています。このスパイラル的発展とは、持続可能に関連するキーワードになってきます。
 いろいろな知恵が常に組み合わさりながら、何かが生まれていく都市、そういう仕組みを持っている都市が重要であります。その意味で、安心・安全な健康都市、創造都市という二つのキーワードに、大学を重ね合わせた場合、非常に有用な人材がそこに生まれる。それは単に入学してくる学生という意味だけでなく、リカレント教育によって、職業人も生み出されるし、社会人に対する知的資産の還元も十分可能であると思います。

小林(コーディネータ−)
 大学の新設とその意図、どういう人材を得て、どこで活躍させるかというお話を頂きました。それは札幌が、全国区あるいはアジアの中で、光ることができるような質を目指すことにも関係する内容でした。池田さんは4番バッターなので、私から第1球を投げたいと思います。持続可能な社会を担保する人材を、どのくらいのスパンで教育しようとお考えですか。2年や3年では無理だと思いますが。

池田(パネリスト)
 スケジュール的には4年制の1年目から始めるわけで、4年経ったときが、やっと大学としての一段階で、さらにその上に大学院がありますから、6・7年というスパンが最短であると思います。ただ、先ほど最後に言ったように、学生もそうですが、リカレントの部分で、看護と福祉など現役の職業人を再教育する可能性が非常に高く、即効性を持った部分もあると思います。さらに、先ほど述べた地域貢献の内容とは、生涯学習やリカレント教育だけでなく、産業と結びつく具体的な商品開発をしていこうという部分もあり、すでに高等専門学校の段階で、いろいろなものを手がけています。その点の効果は、もっと早く出ると思います。人づくりということでは、入学してきた大学生の場合、長いスパンになるかもしれませんが、具体的にはより即効性のある道もあると考えています。

小林(コーディネータ−)
 今お集まりの自治体の方にも開かれているということですね。

池田(パネリスト)
 その通りです。

小林(コーディネータ−)
 太田さんからは、先ほど「バルセロナモデル」のお話を少し伺いましたし、杉岡先生は市民参加をベースにした文化運動というお話をされました。他の事例で、結果を作り出していくプロセスなど、情報を提供して頂きたいのですが。

太田(パネリスト)
 先月、約30日間ヨーロッパでフィールドワークをしてきました。オランダに入りドイツを経由してポーランドまでヨーロッパ中央部を走り抜けて来ました。予備調査を携えて臨んだのですが、現場に立って改めてこれから話すことを実感したところです。簡単に、ヨーロッパと日本とは歴然たる彼我の差があるという言い方で片付けることではない。良く言われていることなのですが、北海道はヨーロッパにあらゆる点において非常に似ています。従って、特に北海道という地域であれば、翻訳しても十分に使えるというのが私の認識です。ただ事例紹介の中で、必然的に横文字が多くなってしまいますが、その点だけはご容赦ください。
 先ほど冒頭で4つの事例として挙げたオランダについて、持続可能な都市という切り口で話をしていきたい。時間の関係で基本情報、インデックス的な紹介にならざるを得ませんので、是非とも別の機会に文献に当たって頂きたいと思います。オランダの地域・都市政策で、私は二つの点に注目しています。一つは、シティ・リージョンという地域・都市構造の概念です。オランダを代表するアムステルダム、デンハーグ、ロッテルダム、ユトレヒトの4つの都市が、各都市に挟まれた中央部に緑、つまり農業地域・森林地域等を配置し、この緑を囲むようにして、広域圏の中で相互に環境軸を形成しながら分散・連立型都市群を構成しています。ランドスタットと呼ばれている地域計画です。北海道にあって一極集中が議論される札幌だけが、巨大シティとなり続けることが正解なのか、広域圏の中で連担していく機能をもつシティ・リージョンを、再構築していくことが求められるのか、大きな命題では無いかと思います。ランドスタットについても、詳細は是非インターネット等で検索して見てください。
 もう一つが冒頭に述べました、オランダの都市政策としての公共空間の位置づけです。それぞれの都市が自らの都市の固有性の文脈を読み、各都市独自の公共空間の再生を軸にした明解な都市政策を打ち出しています。今日はオランダにおける主要都市の都市政策の一覧を皆さんにはお渡ししてないが、これも手に入れて見ておいて頂きたい。今回、この都市政策の下に再生が図られた、それぞれの広場や連動して少しずつきれいにされた公共空間に、地元の人と思われる人が非常に多く集まっているという実感がありました。なぜこんなに集まっているのか、日本の感覚からすると異様なほどですが、私はオランダのワークシェアリングと非常に関係があるのではないかと認識しています。都市の公の空間はその都市の市民のものであり、いくらきれい整備されても、その空間が市民でなく、外からの観光客等だけで賑わっても本質的な地域・都市再生には繋がっていかない、という政策の背景がそこにあるのだと思います。
 ところで、先ほど池田さんが「豊かさは時間である」と言われました。オランダのワークシェアリングは、本来の目的からすると、あくまで経済政策として実行されたわけですから、そういう意図は必ずしも織り込み済みで行われたのではないと思いますが、結果としてその経済政策が、環境や文化・歴史の範囲にかなりリンクしていると私は考えています。
 オランダのワークシェアリングは、三つのタイプに分かれています。1つはフルタイムジョブです。これは週休2日で週36時間から40時間の労働をするタイプです。2つ目は大パートタイムジョブ、3つ目はハーフパートタイムジョブです。大パートタイムジョブは週休3日、週約30時間働くタイプ。ハーフタイムジョブは、週20時間以内で働くタイプです。ですから、ハーフタイムジョブを選択した場合は、午前中は毎日働くが、午後は休むとか、あるいは週のうち2日間だけ集中的に働くが、あとの日は休みにするといった働き方があることになります。このことにより、自分で時間をコントロールできますから、いわゆる豊かな時間を持った人たちが、労働以外の行動に将来の人生の価値観を見出していくことになります。例えば都市政策の柱である公共空間の整備に自己実現の場として、あるいはボランティアとして機能することや、快適になった「まちなかの空間」に集まり、自分の好きなスタイルで好きなだけ時間を過ごす、そんな行動形態がオランダの都市政策の成功事例と連動しているのではないかと考えているところです。数日間行動をともにした、ハーグ近郊に住むスウェーデン人の親戚夫婦のライフスタイルがまさにこれでした。 ここまでに紹介してきた「ランドスタット」と「都市政策としての公共空間の位置づけ」、これらにどちらも共通していえることは、環境を軸に見据えて、それにその地域・都市固有の文化・歴史をリンクさせて一体化していこうとする都市戦略であるということではないでしょうか。少なくとも私はそのように受け止めています。
 ところで、今日のテーマとは直接関係は無いことですが、オランダのワークシェアリングの画期的であり重要なポイントだけは、理解して置いてください。
 日本の制度との大きな相違点は、3つのどのタイプの働き方においても、基本的な差別は法律上認められていないことです。つまり、社会保障、時間当たりの労働単価等において全て均等であることが法的に定められていることです。それがゆえに「オランダモデル」として位置づけられているのだと思います。
 さて、次の話題になりますが、國松さんに何の承諾も得ず、むしろ少し驚かそうと思い、ここに用意したものがあります。これはあいの里で発行された「ミューズ」という地域通貨です。かって私が都市公団にいたとき、あいの里の都市開発に際して、最後の仕上げとして、このまちの一番中心に位置するセンター広場に、この場に相応しいシンボル的な意味合いも持つ彫刻を建てることにしました。教育大学を誘致しあいの里は豊かな緑と水に囲まれた学園都市を目指して計画され、開発が進められて来ました。地域・都市の開発や再生にあって、うまく行くか行かないかの見極めとして重要なことは「そこに筋の通った明確な物語が描けるか否か」ということだという指摘があります。私も同じ思いを持っていましたから、なんとしても明快に外に向けて発信できる学園都市のストーリー、物語を組み立てたいと思っていました。そんな中で國松さんと出会い、2人で議論を重ね、美の神であり、芸術や音楽、学問等々の神でもあるミューズをコンセプトとした彫刻を置きました。ミューズを基点に学園都市あいの里の物語を我々は作ったつもりです。それから15年後、ちょうど1年前でしょうか、あいの里で地域の皆さんが地域通貨を作ることになりましたが、その名称、通貨単位にミューズをぜひとも使いたいという話が伝わって来ました。
 國松さんの著作権等を懸念していたようです。当然國松さんの快諾を得たことも聞きました。10数年以上住み続けている皆さんにとって、このまちのこだわりの柱や心はこのミューズにあったと熱い気持ちを覚えました。この彫刻にまつわる物語とこれを活かした個性を追求したまちづくりが、15年後に地域通貨発足の何かしらの原動力になったと半ば勝手に受け止めております。こんな考え方はまさに強引と受け取るか、必然性が確かにあったと受け取るかは皆さんのご判断にお任せしますが、地域・都市の開発、再生における物語の重要性という点だけは是非覚えておいてください。國松さんから「彫刻が粗末にされた」というお話があったので、少し念を入れて紹介いたしました。

小林(コーディネータ−)
 先ほど、シティ・リージョンのお話が紹介されました。オランダの国土計画では中心に森を残していますが、以前、全部を都市にするという計画が進んでいました。全土の都市化によってヨーロッパの中での中心性を勝ち取ろうとしました。しかし、全土の都市化戦略では、将来のヨーロッパ政策の中で、オランダの環境政策あるいは文化政策、都市政策、共同体政策が都市・経済優先の論理のみで進められ、農業も重要な経済基盤であるヨーロッパ共同体のメンバーとしては、非常によろしくないということから、特徴ある中規模の4つの都市が連携しながら、ヨーロッパの都市の一員になろうという広域都市連携政策がシティ・リージョンです。これも、先ほどの小林先生の主張された、行政あるいは国の大きな政策方針を独自につくったパターナリズムだと思います。要するに、環境文化を基本とした国土・都市政策を市場のマーケットには任せなかったということの良い表われです。このような環境・文化・共同体の維持と育成をベースにした国土・都市政策を、いろいろな分野でオランダモデルとして評価をして、そのモデルを日常生活、教育も含め着実に展開している。最後に國松先生の作品から、地域の意識改革につなげるような試みを紹介して頂きました。エコマネーの1ミューズで何ができるのか、あとで伺います。
 さて、杉岡先生、先ほどコミュニティビジネスのお話に少し触れられ、文化運動として都市の環境文化を目指すという方向性について示唆されました。先生がお考えの環境文化都市とはどんなものでしょうか。また、アメリカとヨーロッパでは共同体再生のシナリオが全く異なりますが、文化運動として地域を再生していく比較的良いモデルがあれば、ご紹介願います。

杉岡(パネリスト)
 非常に大きな問題でもあります。環境文化都市をどうするのか、国際環境文化都市ということでもあり、最後は国際性を問題にするような議論になると思います。環境も文化もそれぞれ国際性とリンクしており、どれをとって考えてみても、普遍的な問題につながります。今、環境文化都市というのは、計画的には自然環境をベースにした部分が大きいわけですが、少なくとも景観を含めてそれぞれの社会・文化環境全体としてつくり出していくことは、人々の積極的な働きかけによって初めて可能ですし、担い手としての市民の役割が、継続的な環境を維持するため、あるいは環境を創造するための活動として整理できると思います。
 主体的な住民の活動によって支えられるような環境・文化を、どう考えればいいか。実際には、札幌あるいは北海道全般で、伝統的なものの蓄積が難しく、本州であれば歴史的な文化遺産などがたくさんあり、東京あたりでもずいぶん楽しめる仕組みがあります。島根県松江でも、最近はお堀を巡らすような活動をして、景観を皆が楽しめる仕組みをたくさんつくり出しています。北海道において、都市の環境文化をどのようにつくり出すかは、あくまでもその地域に住みやすい、池田理事が言われた安全・安心の仕組みについて、ヒントを手に入れることになると思います。
 適当な事例として、札幌もずいぶん動き始めていますが、住民の方のサービスを提供する活動は、地域ごとの福祉NPOのような活動、特に高齢者向け、あるいは子育てに関わる活動として、地域に拠点を設け、様々なサービスを組み合わそうとしています。これは全国的に、多くの地域で取り組まれるようになってきましたが、民家を改修して集まる拠点を設け、それぞれ仲間を集め、地域に必要な活動に取り組んでいます。小林好宏先生が講演の中で、自由放任とその問題点を指摘されましたが、都市の自由さは匿名性の中にもあるわけです。隣近所の付き合いは、そう簡単に匿名性に還元できない、具体的なAさん、Bさんがいて、住み易さも近隣関係の快適さにかなり依存していると思います。そこにはお互いに関係性を作り出すような取り組みが必要になってくると思います。
 釧路市ではSOSの活動が始まりました。全国レベルでみると、高齢者で認知症になった方が年間900人くらい行方不明になっており、捜索されているという話もあります。亡くなる方もおられ、結構大きな数にのぼります。安心して散歩ができるまちづくりとして、都市の中の様々なサービスを組み合わせ、何か問題があればお互いに連絡し合うことにより、助けられるという仕組みです。少しはお節介を受け入れる、あるいはお節介をする文化を、都市の中に定着させる必要があるのではないかと思います。多少窮屈なこともあるかもしれませんが、自分たちの住みやすいまちをつくるという意味では、お節介をしあう関係の必要性を考えていることになると思います。快適なまちに住むということは、普段に関わる活動として取り組まなければ実現できないというところに、注目したいと思います。

小林(コーディネータ−)
 國松先生、二つ伺いますが、先ほど公共空間あるいは建築とアートの関係を作り出し、メンテナンスして質の高い状態を保つことが大事だと言われました。その部分で、日本がかなり遅れているのは事実だと思います。日頃、若い学生にその辺のマインドをどう伝えられているのか。また、「CINQ」の一員として石山緑地に関わられ、その後も毎年いろいろな活動をなさっています。自分の作品を使われながら、地域自体の“環境文化力”を上げていっておられる。そのあたりの思い、考えを若い人や地域の人に伝えていく術、試みの内容をご披露して頂きたいと思います。

國松(パネリスト)
 学生への伝え方というと、私の授業展開の中では難しい面があります。というのは、札幌高専はデザイン専門の学生であり、私が持っている授業はだいたいが基礎造形で、デザイナーになるための、特に立体の基礎的修練を展開しております。ですから、実際に職業として、彫刻をつくっていくという学生が相手ではない部分で、質問に答え難い部分があります。先ほども少しだけ触れましたが、デザインとは他者のことを思うこと。市立大学のお話もありましたが、例えば病気の方の快適な入院生活にも、デザインの果たす役割があるでしょうし、その意味で、デザインと私が通常している彫刻の部分は、同じ土俵でありながら、少し性格を異にしている部分があるような気もします。
 ただ、カルダーの事例、また、たまたま太田先生が、エコマネーの単位にミューズを使ってくれている事例を挙げてくれました。札幌では真栄のまちの中に、サックスを吹いている太った男性の彫刻があります。私の大学時代の同級生である黒川晃彦の作品ですが、碧南市の街角に同じく彼のつくった彫刻が何気なく置かれています。今までのように、偉い人のモニュメンタルな彫像の置き方ではなく、地べたと同じレベルでサックスを吹いていたり、フルートを吹いている女性がいる、というブロンズの作品です。商店街がクリスマスの時期になると、作品の猫までサンタクロースの衣装をまとって、イベントに一役買っています。彼も、「自分のつくった彫刻が役に立ったことは、嬉しいことだ」と話していました。それと同様に、何か人に役立つことは、人間として単純に嬉しいことだし、次の仕事に結びつくことでもあります。ついつい何でも好きなものをつくれば、デザインすればと若いうちは思いがちですが、学生たちにもそうではないということを分かってもらえればと思います。
 同様に、石山緑地に関しても、公園ですから使う人のことを考えながらつくらねばならない。子供たちが隠れて悪いことをするなど、荒廃している。早くきれいにして、公園化してほしいという地域の町内会の要望を受けて、札幌市が事業として取り組んだものですから、普段は自分のことばかり考えている、非常に我が侭な5人のアーティストたちですが、地域の町内会の方々に役立つようなデザインを一番の目的として、一丸となりました。ステージのような場をつくることで、町内会は毎年、石山緑地芸術祭を開催しています。やはり熱心な1人の住民が中心になっており、そういう人がいるかどうかも、当然関係してくると思いますし、できれば継続してほしいものです。先ほどのパターナリズムとは初めて聞いた言葉ですが、もしそれが失われそうになったときは、荷担できるような行政であってほしいと思いながら聞いていました。

小林(コーディネータ−)
 自分たちのまちでどう展開すれば、可能性があるかということに、なかなかつながらない話なので、ここで宿題を4人の方に出したいと思います。今、北海道だけでなく、日本で共通の大きな問題があります。一つは、まちなか(中心市街地)をどうするかということです。もう一つは、郊外のオールド・ニュータウンをどうするかであります。例えば、ご自分が住んでおられるところ、実際にアドバイザーなどで計画に携わっているところが、持続可能な環境文化都市として脱皮していくには、どんな進め方があり得るのだろうか。あるいは、果たしてそれが可能なのか。どんな小さなチャレンジから進めれば、その問題を解いていけるのだろうか。ご自身のお立場で、アイディア、事例の提供をして頂けると有り難いと思います。

池田(パネリスト)
 まず、まちなかの話でいえば、札幌はそれほどひどくないですが、北海道の都市などで深刻な問題として、中心部がすぽっと抜けてデパートなどがなくなり、郊外部には大きなショッピングセンターなどができる。中心市街地の空洞化が大きな問題になっていますが、今後の都心部のまちづくりの場合、市でも言っていることですが、コンパクトという前提の中で、リノベーションを繰り返しサスティナブルなまちをつくる。簡単にいえば、例えば私がいつも気になっているのは、日本では薄っぺらい建物ばかり作って、2〜30年でクリアランスして建て直す。これは環境面で非常に損失で、生かす部分は生かしながら、常にリノベーションして新しいシステムは導入するが、そこで決めた環境の一定水準は常に守る。そのようなことを大きく打ち出し、そこに知恵を投入する。大学の先生を加えるなどすれば、いろいろなファクターが付随してくる。決して多数決で決まるものではなく、知恵を出し合いながら決めていくという仕組みを持っていないと、決してサスティナブルにならない。知恵が常に連動しながら、組み合わさるというシステムを持つことが前提です。都心部については、コンパクトでありながら、常に革新的要素を加味し、生かすべきところは生かしていくという仕組みが、必要であると思います。
  一方、外縁部については、世代交代によって廃墟化しているようなところがあります。戸建ての住宅などは、40代で購入しても40年経てば80代になってしまいます。行政としても、不動産営業部のようなものを、設けなければならないかもしれません。民間の不動産部門と、行政が連携しながら、うまく転換していく仕組みをつくると面白いかもしれません。高齢者が都心に移住して空き家になった場合、一時借り上げ、若い世代に安く貸す。負担の度合いなど難しいこともありますが、行政は不動産管理しかしてこなかったので、民力を活用しながら、不動産活用を行うという知恵があれば、うまく回っていくと思います。

小林(コーディネータ−)
 先日、九州で経済の先生方と話していて、北海道と九州は比較優位で土地を考えられるという話題になりました。つまり、土地の価値は今まで、高い建物をどれだけ建てられるか、経常収入の良い機能をどれだけ導入できるかという高度利用性(=経済性)だけで決まってきた。しかし、21世紀では、経済の視点から見ても、どれだけ健康な生活をすることが出来るか、どれだけ安心な食物を得られ、美しい景観に感動することが出来るか、このような新しい視点で土地の価値が徐々に評価されつつある。それは首都圏にはないが、北海道や九州にはある。最近はそれを総称してLOHAS(ロハス)と言いますが、今後、九州と北海道が連携して、このロハス的な価値を意図的につくりだし、地域の再生をやろうという話になりました。ただ今も、チャレンジできる地域は、北海道にたくさんあるというお話を伺いました。

杉岡(パネリスト)
 中心部と郊外に共通している問題を考えると、東京で気づくのが猥雑さで、都市の魅力の基本であると思います。北海道内の都市も、それなりに猥雑な雰囲気のところがあれば、何となく安心してまちを歩ける。つまり、探索的な関心で歩き回れる。あまりにも広々とした道路で、何もないようなところを歩き回るのでは魅力がないわけで、ねじ曲がった道や、狭いところに何か密集していたり、いろいろな期待感があって生活しやすい部分がもともとあった。中心部にどんどんマンションを建てて、個室から買物に行くような孤立した生活より、小さな店がたくさんあるような環境を維持する取り組みが必要だと思います。円山方面は、その意味で恵まれていると思います。
 郊外に関して一番考えねばならないのは、高齢者が20〜30%近くなることを考え、地域で生活できる時間が互いに拡大していくので、自分の身の回りに集まる場所がある。私の友人で美深町出身者は、お年寄りがいわゆる集会所に、20〜30人毎日のように集まっている。その地域の住民が場所を管理しているそうです。何か時間を潰したり、集まれる場所が身近にあり、それは決して役所が建てた○○センターではなく、もっと住宅風のものがあればいい。札幌市の郊外も空き家が出始めていますが、歩き回れる日常生活圏の中に、寄り合いのような場所を作っていくことからすると、税制などの活用によって買い上げる方式や、市民から提供を受けるような仕組みをつくる。それぞれが小さなコミュニティの中で、生活の単位を作り出せるような仕組みが、地域住民の助け合い、協力意識をつくり出すと思います。これからは、近隣関係もつくり出すという考え方で、黙っていても上手くいかないということに注目した、取り組みが必要かと思います。

小林(コーディネータ−)
 よく2007年問題で話が出ますが、杉岡先生の言われるような‘力を持った高齢者’層も入ってくる。池田さんの言われる知恵というのは、大学など教育機関ばかりでなく、ある世代以上の年齢の人たちが集まり、知恵を次の世代に伝えるような役割もできます。そうすると、厄介な舅と姑がいなくなったお嫁さんは、もっとまちなかに出て行っていろいろな活動をし、まちも面白くなって、二重三重の仕組みができるのかもしれません。その意味で、地域の潜在化した力を見出し、地域力を再生することができると思います。そのとき大事なのが、行政が大きな方針を出し、経験豊かな人たちの知恵を束ねていくことが、もう一つの力になるかと思います。

太田(パネリスト)
 まちなかあるいはニュータウンをどうするのか。ニュータウンに関しては、私は経歴上、加害者であるのかもしれません。日本住宅公団から都市公団に居た時に、全国で幾つかのニュータウン開発に。ここに来て公団はニュータウン開発について、どう総括するのかと突きつけられている当事者でもあります。

小林(コーディネータ−)
 実験場を作って頂いたと判断すれば…。

太田(パネリスト)
 ニュータウンをこれからどうして行けばよいのかについて、個人的には二つのシナリオを持っています。一つは先ほど他のパネリストからのお話にもあった「住み替えシステム」です。この場合ニュータウンで高齢化した人たちはダブルの住み替えを考えるべきです。全ての高齢者がいきなり都心部に来るのではなく、先ずは住み続けていたニュータウンの中心部の集合系住宅に住み替え、ある期間を経た後に都心部に移住していくことも考える必要があります。このことによって培われてきたコミュニティを維持したままで、次のライフスタイルに対する準備が可能となります。一方で、集合系住宅に移ることにより空いた戸建系住宅については、土地も建物も買えない若年層で、子育てに良い環境を望む人たちに、その資産を賃貸する。それをぐるぐる回していく事で、幅広い層の人が住み続けるまちが維持されていくことが可能になるのだと思います。この仕組みを実現させていくためには、コーディネートする人もしくは組織が絶対不可欠です。この仕組みとコーディネーター・組織をどうやって作り上げていくか。これが我々に課せられた命題の一つだと考えています。
 もう一つは、住居の資産価値を上げることです。よく、アメリカ人は芝刈が好きだと言われますが、別に特に好きでそうしているわけではないと思います。住環境良くすると、例えば2000万円で買った資産が倍になると思って手入れしているわけです。今のニュータウンでは、当然のごとく資産価値は年数を経るほどに下がっていきますが、事業主体が何らかの手を加えることで、住居の資産価値が向上していくことを考えていかないと、不動産流通に関しての仕組みが見えてこない。先ほどの公共空間に関しての事例の場合でも、第三者例えば官側が先ずそこに手を加え、再生された公共空間の周辺にある民の資産価値を上げる戦略を考えています。方向は見えているのですが、具体的な手段の面で頭を悩ませています。
 次いでまちなかの問題については、フランスのストラスブールの事例を紹介します。ここでの成功のポイントは、政治面における強烈なリーダーの存在であったと思っています。ストラスブールは人口約30万人の都市ですが、ヨーロッパの多くの都市と同様に、中心市街地が車で混雑し、来訪者にとってかっての魅力が失われている中で、LRT(Light lane transit)が導入されました。一部ではLRTの導入という交通政策だけで捉えられていますが、実はそうではありません。ストラスブールの都市政策の成功は、カトリーヌ・ロットマンという女性市長の、最後までのストーリーを読み切った強烈な指導力の結果がもたらしたものです。池田さんの言われるように、最終的には身近な生活空間を都市の磁場に位置づけ、都市全体として経済的に再生していくことを狙いとした、まさに都市経営の視点に立った都市戦略の実践でした。「どこの都市に住んでもいいが、どうせ住むならこれだけ環境に配慮し、快適で安全・安心であり、しかも歴史・文化をきちんとトレースしている都市に、私たちは住みたい。」と、頭脳労働者や研究者はストラスブールに対して、手を挙げたわけです。企業や研究所側も、どうすれば優秀な人間を集められるかを当然考えている訳です。つまりストラスブールにおいては、住まう、教育する、買物する、楽しむという日常の生活の場を都市の磁場にし、多くの研究所や大学、国の機関を集積させることに成功しました。
 改めて、ここでLRTは単なる交通政策だけの戦略でなかったことを、念押ししておきたいと思います。車両そのものも、フランスに蓄積されてきたデザイン力を発信することを意図して造られました。他の都市では見られなかった、流線型の洗練されたデザインになっています。デザインに関心を持つ人達の呼び込み戦略であったと考えています。またLRTの各路線が集まる広場つまり公共空間にも様々な芸術性が付与されています。このように豊かな生活空間をつくれば、これが磁場となり、最終的には質の高い多くの人が外から集まってくることを見事に証明して見せた成功事例であると思います。日本では何ができて、何ができないかを心に刻んで頂きたい。
 再びリーダーシップの話になります。LRTの運行は当然のごとく赤字になる訳ですが、「人にやさしく安全で環境に配慮したまち、ストラスブールの生き方を象徴するシンボルがLRTそのものですよ。そしてこの考え方を発信し続けて走るLRTを走らせるために、市民のファンドも必要なのです。」と投げかけ、大きな議論を喚起することにより戦略全般に亘る市民合意を形成しています。実際には企業が給与の1.7%を天引きし、これに引き当てています。そこまでの強力でかつ多角的な能力を有するリーダーによって、「政治的決意」によって、まちが変わってきた訳です。
 ここでこのリーダーシップについて、国内の事例を紹介します。最近新聞にも掲載されましたが、市川市の「1%の仕掛け」という事例です。市税の1%に相当する金額について、市民が指定するそれぞれのNPOか団体に対して希望する額を助成するという内容の制度です。市税の1%は約3億円になります。例えば「私たちはまちづくりNPOですが、こういうまちづくり活動をしていきたいが、資金が300万円足りない。清き市税の1%の中から支援を受ければ、こんなことができます。」とNPO側も自己ピーアールを含め発信し続ける訳です。相手側の市民も、改めて意識を共有することになり、その結果相互が活性化し、まちが変わっていくことになるのだと思います。
 この仕掛けを主導したのは、恐らく市長だと思うのですが、そのリーダーシップに拍手を送りたい。

小林(コーディネータ−)
 札幌はその環境をベースにして、循環都市に歩み出している。生活の質や、公共空間がよくなると若い人が来るし、意欲のある人たちが集まり、まちの活気、経済力、水準が上がっていく。高質な生活環境はグッド・サイクルのトリガーであると言われます。グッド・サイクルを都市の中で動き出させるにはにたくさんの価値あるプロジェクトを連鎖させてゆく戦略が、リーダーには求められます。環境文化都市へのマネジメント戦略がリーダーシップの証である。行政のスタッフは、市長にいかに決断させるか。決断する勇気・場を提供することが大事で、これが議員の役目でもあると考えます。

國松(パネリスト)
 持続可能な都市が可能かという問題もあるでしょうが、小林先生が冒頭に、環境文化という言葉について投げかけられました。それについては不明ですが、文化度によって環境が維持されたり、改善される関係にあるかもしれない。先ほどの札幌駅舎などを見ると、お金をかけて文化的な駅舎と謳ってみても、文化度の高さは疑わしい。そのためああいう環境を生んだと思わざるを得ません。この問題はあまり専門的に考えたことがないので、これ以上は言えませんが、美術、ファイン・アートはどうも役に立たないものと思われている部分があり、これについて述べたいと思います。
 池田さんからご紹介があった札幌市立大学にもデザイン学部がありますが、ファイン・アートは設けられていません。生産性がなく、役に立たないものは後回しという感じもします。30年ほど前になりますが、世界のアーティストが競うベネチア・ビエンナーレは、大賞によって、その年のマーケットの動向をギャラリーが決めるなど、非常に大きな役割を持った展覧会です。現在も開催されていますが、そこである年、菅井汲(スガイ・クミ)という日本の絵描きと、アメリカのロバート・ローシェンバーグという絵描きが、大賞を争いました。下馬評で、どちらが取るか噂になり、アメリカ政府は審査が行われる前日に、早速大使館に審査員を招いてパーティーを開きご馳走しました。日本政府はファイン・アートに関心がないので、全く無頓着でした。次の日の審査では、一気にローシェンバーグに大賞が与えられ、一躍スーパースターになりました。それからというものヨーロッパの美術館がローシェンバーグの作品を買うので、アメリカには外貨がどんどん入りました。そのように、決して経済的に役に立たないものではない。
 それから、たまたま札幌市の東京事務所から電話があり、中央大学の公開講座の中に札幌市の受け持つ部分があるので、石山緑地について話すよう要請がありました。もう一人の講師は川村純一氏という建築家で、イサム・ノグチのモエレ沼公園をサポートしてこられた方です。この2名で、石山緑地とモエレ沼の話をしてほしいということでした。アート性が一つの観光スポットになり得ると行政も考えてくださり、東京でのPRを兼ねて11月に行くことになりました。そのように、ある美術作品が観光客を呼ぶということあり得ると思います。今まで美術作品は、お金持ちしか買うことができませんでしたが、パブリック・アートのようなものであれば、行政がパトロンの代わりになり、税金を使って美術作品を公共的な場に置き、そのまちに潤いをもたらすことができます。バブルの頃はそれがありましたが、バブルがはじけ不景気になった中で、若いアーティストの活躍の場が失われてきている気がします。私は美術の持っている様々な力を確信していますので、自治体での取り組みに期待したいと思っています。

小林(コーディネータ−)
 アーティストが一人で全てのことを解決できるというのではなく、コンペイトウの種のように、どんどん膨らませていく求心力をアーティストが秘めているというお話だったと思います。
 つくるときは一生懸命、しかしできてしまったあと、維持管理があまり上手くいっていないというものがあると思います。石山緑地も、良いものを維持してほしいと思いますが、旭川の3条8丁目に、井上靖文学碑があります。忘れられているのではないだろうか。國松先生のお話の通りで、せっかくつくった文化的なものを大事にし、市民の自覚をもっと高めなくてはならないと思います。

國松(パネリスト)
 井上靖氏の碑の話をお聞きして思い出しました。旭川も、野外彫刻がたくさん置かれたまちですが、彫刻美術館のボランティアは、非常に素晴らしい活動をされています。定期的に、まちの中の彫刻をきれいにしており、それによって、彫刻がかなり長持ちします。これは素晴らしい活動で、是非ご紹介しておきたいと思います。

小林(コーディネータ−)
 杉岡先生、冒頭、まちづくりセンターのお話を頂きましたが、地域の人たちが、地域で問題を解いていくような筋書きを応援する。あるいは、問題解決のため協議会を立ち上げるのを応援するという活動も、少しずつ始めています。その意味で、これまで行政は何をやっているという問題はたくさんありますが、個別の課題を地域の問題として取り上げていくような関係が、急速に動いていく気がします。

杉岡(パネリスト)
 札幌市以外の方もおられるので、ご説明します。札幌市の行政の出先機関として、地区連絡所が人口2万人ほどの規模で設置されています。行政職員の嘱託3・4人のスタッフによって、運営されています。それは、会議や集会のための活動及び、住民票その他行政事務の窓口として働いています。これを、単に行政事務だけでなく、まちづくりの拠点に結びつくように考えられないかということで、福祉のまち推進センターのあと、まちづくり協議会などを作り、地域の独自の活動に取り組める拠点として、活動が期待されています。
 これは多分、札幌市も大きくなって、区ごとの独自性を考える面では、区とまちづくりセンターの連携も当然出てきます。また先述したように、介護保険の中でも、日常生活圏域はだいたい人口2〜3万人規模ですが、そこに地域包括支援センターを設け、住民の相互扶助的活動や、地域の見守りの活動を行うことが政策的に出てきています。どちらかというと、人口2〜3万人までは、直接住民の方が集まり話し合いをして運営する仕組みが、全国的に整備されていくと思いますので、北海道の他地域の方も、地域の中の分権的な仕組を、そろそろ考えなければならない時期にきていると思います。

小林(コーディネータ−)
 行政の課題はたくさんあって、個別に議論するより、地域の人がまとまって、地域力をつくる。それが行政と対峙する場にもなるし、道具にもなります。これを是非、行政の中に定着させ、推進・活用して頂きたいと思います。
 さて、ここでフロアからご質問、ご意見など伺いたいと思います。

フロアからの質問
 太田先生にご質問いたします。都市と環境と文化について大変勉強になりました。オランダの公共空間利用や、バルセロナの復活、LRTを使った市民合意まで行って頑張っているリーダーがいる。ヨーロッパといえば、まちづくりの最先端ですが、これは人間力の違いのみでしょうか。日本とヨーロッパの違いとは、一言でいって何でしょうか。

太田(パネリスト)
 ヨーロッパで生活している訳ではないので、完全には理解しきっていませんかもしれませんが、その差は何かという時に、間違いなく確実に言えることが1点だけあります。例えば道内の市ではない町に行って「まちづくり」をテーマに議論する中で、私が「市民と行政の役割分担」というような表現をすると、その場の多くの人が「私らは町民であって、市民ではない。」と言います。言葉の彩では決してありません。citizenという概念が歴史上日本にはなかった。ですから、ヨーロッパとの大きな差は、日本にはまだ本来的な意味での市民が育っていないことです。小林先生も基調講演のなかで言われましたが、地域力、地域の分権の面で、本当の市民意識を養っていかなければならないと思います。現在、間違いなくcitizenという点において、その差は歴然としています。ただ、基本的に日本人の能力は捨てたものではないと思っています。教育やリーダーに恵まれれば、このことはすぐにでも取り戻せる問題だと思います。

フロアからの質問
 小林先生の環境と文化でもなく、環境・文化でもない。一連の環境文化だというお話でこの会が始まりました。私は未だに理解できません。何等かの尺度を与えてくだされば、私にも理解できそうです。4人の先生方にそれぞれの立場から、環境文化度が高い都市とはどういう都市か、教えて頂きたいのですが。

小林(コーディネータ−)
 二つ目の宿題です。

池田(パネリスト)
 たいへん難しい質問です。繰り返しになりますが、文化度の高さは、文化が常につくられるような状態になっているか、そういう動的な部分に着目すべきです。文化がどういうかたちで生まれるか、特に札幌の地では、伝統文化を引き継いで、これを死守せねばならない風土ではないと思います。札幌の文化はこれからどんどん新しくつくり、積み上げていく。場合によっては、つくったものを破壊する場合もあるかもしれません。そのためには、いろいろな人の価値観がぶつかり合い、新しいものを生み出す力、あるいは仕組みを持っているかどうかが大切であると思います。ですから、できた文化をどうするかという問題もありますが、静的に保っていくのではなく、次々とスパイラル的に生み出されていくことが必要であります。文化と、産業など他の要素が極めて連接している状態をつく
 札幌では、「札幌スタイル」という事業を進めておりますが、さっぽろブランドやさっぽろデザインとせずに、なぜ「札幌スタイル」としたかという呼び方もできますが、これにこだわったのは、札幌市民が創り出したものを、外部の人が羨ましく思ったというかたちでつくろうということです。温泉の名物の饅頭を地元の人は誰も食べたことがないのに、○○ブランドとなっているようでは駄目だ。札幌市民が独自の生活・文化を営み、それを外から見て羨ましく思い、それが売れれば最高だと、札幌スタイルを提唱しました。私は、そのように、中のいろいろな知恵が組み合わさり、醸し出されるシステム、その過程におたずねのありました文化度のは力点は置きたいと考えています。

小林(コーディネータ−)
 ライフスタイルをベースにした創造性ということです。

太田(パネリスト)
 「持続可能な環境文化都市」という非常に分かりにくいテーマの中で、先ず環境と文化の定義についてですが、最初の環境を私は二つの概念で捉えています。オランダのランドスタットの例で見たように、都市の一局集中、肥大化ではなく、それぞれの中核となる都市が緑を中心に連携し、広域圏として成立していることを、先ほど述べました。持続可能な都市をつくるとすると、少なくとも周りの環境といかに一体化するかが重要です。少し広めの地域を視点にして捉えられる環境です。
 もう一つは、「都市内環境」です。街中の大気汚染や騒音等の問題や安全・安心、快適な暮らしへの対応ということ等が都市内環境です。極めて身近な限られた範囲として捉えられる環境です。
 次いで、「文化」についてですが、質問にあった文化度の高さなどという概念は、そもそも無いと思います。その都市ごとの文脈をきちんと読むと、文化のない都市などというものは、恐らくありません。そこにあった文化をきちんと評価し、それを皆に伝えることが都市の文化だと思います。その尺度とか、文化度の高さという表現でなく、固有の文化をきちんと読み取り、きちんと次の世代に届ける。その行為に対して、そこに住む市民が誇りを持てるのか、どういう関わりをするのか。文化と都市というものは、そういうことだと私は整理しています。その上で、環境文化都市とは、この2つの環境との関わり方を軸に置いて、その都市の将来における生き方、在り方を、市民自らが考えていく過程が積み上げられて形成されていく都市像であると理解しています。

杉岡(パネリスト)
 環境文化度の高低をどう表わすかですが、環境文化度の高低は、一般的に考えれば、それを誇りに思える住民がどんな生活をしているかを、象徴的に表わせるものです。環境文化については、継続的な営みを要求されてくるものでもあり、メンテナンスに関わる人がいるかどうかということからすれば、それを調べるにはNPOの活動や、ボランティアに関わっている人の数とか、住民がどんな活動に参加しているかという量的な把握ができれば、自覚的かつ誇りを持って、そのまちに関わっている人たちの自主的な活動がどのくらいあるかが分かります。いわゆる担い手が、確かに把握できるような数という面で、環境文化度の目安になると思います。何もしたくない、何もしない、誰も関わらないというところは、それこそゴミだらけになって、誰も住みたいと思わない場所になるのではないかと思います。

小林(コーディネータ−)
 まち普請する市民活動をする人材の力の広がりと深まりということでしょうか。

國松(パネリスト)
 本当に難しい問題です。基本的に太田先生のご意見に賛同しますが、「文化」というと、まず芸術のようなものを思い浮かべる傾向にあります。しかし、基本的には生活文化が基盤にあり、それには食、教育、産業など、生きていくに欠かすことのできないものがあり、そのうえで、芸術なりが文化に花を添えていくもの、と漠然と思っています。私がカルダーの彫刻を見て、自分の彫刻に意義を見つけたことにつながりますが、間違えると本当に殺伐としていくまちづくりの中に、それを癒してくれる触媒として、人々の間をつないでくれるような役割が彫刻にあるという事例を見て頂きました。
 そのちょうど正反対の体験をお話します。穂別町に呼ばれて、彫刻の話をしに行く機会がありました。ちょうど夕暮れに近づく頃、車で穂別のまちに入ったところ、すごい夕陽が迎えてくれました。周りに人工的なものが一切ない場所で、それを見たとき、穂別町の人たちはこういう風景をいつも眺めているのなら、私のつくっている彫刻のようなものは必要ないと思いました。別に芸術が必要ないと言っているのではなく、もうそれで生活が充足している。例えば、芸術のメッカは大都市に集中していますが、大都市では日常生活に疲れ切った人間が、夜に音楽ホールなどに音楽を聴きに行って癒されるなど、芸術にはそういう役割があると思います。しかし、日々の生活が、自然環境や営みで充足されている人たちにとっては、もしかすると、それほど芸術のようなものは必要ないのかもしれないと、ふと思った経験があります。これは極論で、反論もあろうかと思います。今、穂別の方々は映画づくりに取り組んで、田圃でのミュージカルを映画化するなど、面白い活動をなさっています。

まとめ


小林(コーディネータ−)
 ここで、本分科会で出たキーワードを整理したいと思います。東大名誉教授で、文化勲章受賞者の宇沢弘文という経済の先生方がおられます。彼が10数年前に、「社会的共通資本」という本を出版されました。今まで我々が精力を挙げてつくっていた社会基盤や都市基盤に加えて、自然環境や目に見えない文化的環境、あるいは安全な社会環境を言い、例えば地域の福祉や医療など、地域のお祭りやコミュニティを含めたものを、社会的共通資本と呼んでいます。具体的には、人間をとりまく自然環境や社会的インフラストチャーはもとより、教育・医療・金融・司法・行政などの「制度的資本」を含むわけです。それがその地域の文化度につながっていくと言われました。その担い手は、地域の中で創造的な活動ができるような人たちであるとも。
 地域を再生するときの最近の議論は、四つあります。一つは、地域の共同体やコミュニティを再生すること。二つ目は、地域の経営力や地域力を再生すること。三つ目に、公共空間も含めた地域の空間そのものをいかに再生するか。最後に、地域の生産力、経済力を再生する。この四つの再生が総合されて、都市や地域の再生のシナリオが描かれるわけであります。このシナリオにもとづいて行政が幾つかのフラッグを立てながら、目に見える社会資本と、目に見えない社会資本の両方に、厚みを持たせて取り組んでいく。そういうことが出来る人材の育成を、非常に短い時間の中で日本、特に北海道で達成しなければなりません。池田さんは、比較的高齢の方でも、能力と活動力のある団塊世代の退職層を考えれば、さほど長い時間はかからずにできると話されました。是非、ここに集まられた方々が、それぞれの部署に戻られたら、“首長に決断させる会”をつくって頂ければと思います。
 また、当学会の会長・副会長にお願いしたいのは、小林先生に基調講演で大きな投げかけをして頂きました。1回では答えが出ないので、当学会が応援しながら、それこそ持続的に議論を続けてほしいと思います。以上2点をまとめに代えさせて頂きます。最後まで議論に参加して頂き感謝いたします。どうも有り難うございました。

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